英国留学体験談
岡田 実さん 中垣さんTTさん 28歳 思い切ってOL生活から脱出してここロンドンで英語を学んでいます。 私にとっては第二の人生ともなる重大なスタートだっただけに私の心の中は不安(ふあん)のふの字だけでいっぱいになってしまうほどの心境の中、縁あってGuardian Serviceにホームステイ先と学校を紹介していただくことになりました。私は自分の不安をぶちまくかのように、ありとあらゆる要求を致しましたが、それを取り入れていただいたうえに、私の満足のいく素敵なホームステイ先とフレンドリーでありながらしっかり教えてくれる学校を紹介してくださいました。 |
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Regent
Schoolでの授業風景 |
おかげで良いスタートを切ることができたどころか、ホームステイ先ではイギリスのさりげなくきちんと手入れをガーデンで本場の“アフタヌーンティー”を楽しんだり、無邪気な子供たちと一緒になってサッカーを楽しんだり、その子供たちと共にホストマザーに教わりながら 今は一人暮らしをしていますが、スーパーマーケットで買い物をし、日本ではお目にかかれない食材で料理Bookを訳しながら料理したり、学校のお友達を招いてパーティーを開いてみたり...。 好きなことを好きな時にやって、自分の好きな形で苦痛を感じることなく自然に英語を学んでいます。 |
木下みき 神奈川県藤沢市出身 高校時代に留学した友達が多かったわりに、私自身はほとんど多国生活というものにあこがれはなかった。短大卒業後、無事希望の心理学科に編入できたので、ますます遠ざかり、卒業後は大学院進学を決めていた。たまたま、大学3年の夏バックパッカーとして1ヶ月程アジア(タイ、マレーシア、シンガポール)へ旅する機会を持った。 そこで私の進路は180度変わってしまった。 安宿(B&B)に泊まるとそこはおもしろ人間の溜まり場だった。 日本人も勿論ヨーロピアン達もとってもFriendlyで私が日本人だと言うと英語で話しかけてきてくれた。 余りにも皆さんペラペラなので英語圏の人かと思っていたらとんでもない、ドイツ人、フランス人、イタリア人など異なった母国語を持つ人々。 “そうか、日本は一応先進国の一味だから英語はとうぜん話せるものと思っているんだ。” 肌で感じてしまった。だが皆さんご存知の通り日本人は何故かしゃべれない。 色んなことを夜明かし話したかったのに話すことのできない辛さを痛感。 その旅で一気に留学を決意。 周囲の反対をよそに(何しろ恐ろしいほど英語嫌い、できない)学校だけ決めて何の準備もなく渡英。 行けば何とかなると思っていた。ところが何ともならなかった。 ホームステイ先のFamilyとは会話は通じない。 |
Hampstead
Schoolの前で |
お友達と一緒に |
しかもひどい方向音痴。 地図を見つつBritish Museumに行こうとしても結局たどり着けず、1週間目は余りにもBlueな日々を過ごしていた。 次の週、授業中ペアを組んだNancy(ポルトギーズ・ガール)と近所に住んでいることが判明し、年齢も同じだったので意気投合。 Tubeやバスの乗り方、地図の見方まで彼女がほとんど教えてくれた。 恋愛について、将来について、イギリスに来て初めて楽しかった。 |
(とにかくロンドンは安宿から全て高い) その時たまたま頭に浮かんだ所がGuardian Serviceだった。 イギリス28年在住の社長が経営するoffice。 日本の某留学センターに紹介されて一度挨拶に行ったが、私とは縁もゆかりもなかったのでダメ元で電話をした。(少しでも早く次の住まいを見つけたかったから) 電話をするとまず、目が点になった。 彼はその後も素晴らしい人生のアドバイザーとなってくださった。 28年前、30万円と片道の航空券だけ持って海を渡った。 午前中は学校、午後は皿洗いをしながら苦学した青年は貿易業で世界中に店を構えられる程に成功。 50歳から地に足をつけた仕事をと、人脈を生かし、教育業に専心されるようになる。 だから彼は頑張ろうとしている人々の誰よりの理解者だ。 彼の部下も又苦労人でいてとても気さくな女性、でも本当はロンドン大学の修士まで持っている超エリートである。 私が寂しくなると会いに行くofficeには他の学生も来ているようだ。 |
ビッグベンを背景に |
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中川稚恵 福岡県福岡市在住 1998 年1月から半年間、タエコ・マーヴェリーズ・スクール・オブ・フラワーアレンジメント &リージェント・スクール・ロンドン校に留学 |
語学学校では沢山の国の人達が学びに来ていたので、初めのうちは習慣や考え方の違いに驚いたりしていましたが、お互い英語の達者でないもの同士?! たどたどしい英語ながらも一生懸命話しているうち友達になり、週末には皆でピクニックに出かけたり、料理をつくったりとても仲良くなりました。 |
クラスメイトと一緒に |
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そして私のホストマザーは料理がとても上手で、毎日の食事が楽しみでした。 いろいろな料理のつくり方を教えてもらいましたが、お庭でとれた果物をつかったデザートが最高でした。 娘のイザベルは新聞の記事を書いているのですが、毎回自分の書いた記事を細かくわかりやすい様説明してくれ、いつかは?! 自分でもしっかり読める様になりたいなと思っています。 週末にしか会えませんでしたが、お互いいろんな話をして、一緒に散歩したり、車で出かけたり、電話で話したり、なんだか姉妹みたいだねってよく言ったりしました。帰国する時は少しさみしかったりですが、ここで出会えた人達をこれからもずっと大事にして行きたいと思っています。 そして出発前から帰国するまでずっとサポートしていただいたガーディアン・サービスに感謝しています。 |
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岡田 実 21歳 神奈川県逗子市出身 |
イギリスに来るのが初めての僕は、最初に1ヶ月ずつ3ヶ所の違ったイギリスの家庭を体験しました。 そして、その夫婦どちらかに週20時間の英語を教えてもらいました。 初めに行ったのは、田舎にある家庭でした。 見渡す限り畑でとてものどかな所で、何もかもが初めての僕は“これがイギリスなんだ”とその時は思っていました。 2番目、3番目の家庭と移るに連れて、少しずつロンドンに近づいていき、僕の最初の印象が郊外に限られたものだったと気付きました。このHomestudyで身についた事は英語はもちろんのこと、英語を使わなければ何も始まらないので人に話そうという気持ちやこの姿勢です。 知らず知らずに誰にでも話しかけられるようになっていました。英語の教え方はその家庭で異なり、様々でした。 |
学校で友達と |
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SpeakingやGrammar、それにTVを見たり…。 それで気付いた事は、意外に日本の事が知られていないということでした。 また意外な事を知ったいて、何でこんな事を知っているのかと驚きました。 そして日本の事を英語で相手に伝えるのがこんなにも難しいものとは思ってもいませんでした。例えば、伝統的な日本の料理や物です。 お節料理などの一つ一つの名前などは英語で言い表せないものもあったりして特に大変でした。 この3つの家庭を経験して、どの家庭も自分を家族同然として扱ってくれたり、色々なところに連れていってくれたり、Partyをやったりしてどれも貴重な体験でした。 そして楽しかった事、辛かった事色々ありましたが、自分にとってとてもプラスになりました。 今思えばこの体験があったからこそこうして何事も独りでやって行けるようになった気 がします。 |
1998年8月 イギリスはコッツウォルド地方のWillerseyのLower Field Farmに3週間滞在された中垣さんの体験談です。
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“Cotswaldの旅は今思い出しても本当にいい旅でした。 景色は今でも鮮やかに目に浮かびます。 広大で美しくて、伝統や文化が昔のまま残っていて、とても素晴らしい所です。 土地の人々がとても friendlyで親切で、一人旅でも心配なく過ごせました。 |
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困ったことは交通手段です。 車が無い私にとってはbikeとバスしかありません。 ステイ先の奥さんが親切にバスのタイムテーブルをそろえてくださったのですが、それでもバス停の位置が分からなかったり、バスが来なかったりでかなり苦労しました。
私は今回の旅ではイギリス人の生活に触れようと思いコッツウォルズでのファームステイを選びました。 あまり観光めぐりはせず、芝生でボーっとしたり、本屋さんを覗いたり、演劇を見たりと、かなりのんびりとしました。 食べ物も土地の人のものを真似して食べましたが、噂にきく食事はまずいというのを感じたことは一度もありませんでした。どの町へ行ってもその町独特の雰囲気があり、自分達の町の文化を大切にしているんだなあと感じました。是非もう一度行きたいです。
| Lower Field farmの女の子レオーナのpolo matchを皆で応援 | コッツウォルド地方 |
Borton-pn-the-Water |
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